世界遺産ホイアンの町並み


世界遺産ホイアンの街並み

ベトナム第3の大都市で中部の経済都市ダナンから南へ車で約30分、
約30km南下した所に位置する、トゥボン河の河口にある港町ホイアン。

ホイアンはかつて「海のシルクロード」の重要中継拠点の1つとして栄えた港町で、 チャンパ王国時代から阮朝時代にかけてイスラム世界を結ぶ海上交易の中継地点として栄えました。
1999年にはベトナム第2世界遺産として街並み自体が世界遺産に登録され、 2013年には英国の旅行雑誌「ワンダラスト(Wanderlust)」で、「世界で最も好きな都市」ランキングで1位に選ばれました。

そんなホイアンの街が日本との国交を始めたのは1601年。
徳川家康が広南阮氏から書簡を受け取ったことから始まりました。

当時、ホイアンには大規模な日本人街が形成され、最盛期には千人以上の日本人が住んでいたと言われています。
日本人が住んでいた証としては、歴史資料館には伊万里焼なども展示され、街のはずれまで行けば日本人お⇒の墓も見ることができます。

ホイアンはかつて「海のシルクロード」の重要中継拠点の1つとして栄えた港町で、 日本人以外にも中国人も多く住んでおり、福建会館、廣肇会館といった中国人のための集会所が建設されました。
また、1623年にはオランダ東インド会社の商館も設けられ急速に繁栄していきます。
しかし、鎖国政策による日本人撤退や、国内動乱で街は衰退。

激しい攻防戦を繰り広げたベトナム戦争時代、幸いにも空爆の被害を受けなかったため繁栄期の街並みが今もなお残っています。
見所は20,000ドン紙幣に載っている来遠橋(日本橋)をはじめ、華僑の名残を残す福建会館、廣肇会館、 古い造りの民家として有名なクアンタンの家、タンキーの家、クアンコン廟、など盛りだくさんです。
総合チケット売り場で購入できる1日チケットで5箇所の観光が可能です。
東南アジア随一の風情のある街並みとして多くの観光客を魅了し続けるホイアンでゆったりとした時間を過ごしてみてはいかがですか。

チャム族とホイアン

ホイアンは、ベトナム中部クアンナム省ダナン南方30キロにある古い港町です。
古代チャム族の繁栄期・チャンパ王国時代に重要な貿易港として機能したホイアン港は中国、インド、中東を結ぶ貿易地点として栄えました。
チャム族は現在ベトナムにある55種類の民族のうちの一つにあたります。

しかし、19世紀になるとホイアンと海を結ぶトゥボン川に土砂が堆積し、水深が浅く使いづらくなり、港の繁栄はダナンへと移っていきました。

さらに衰退の原因はこれだけではありません。
クメール族との戦いや京族(越族)との戦いにより衰退に拍車がかかったと言われています。
その戦いの様子はバイヨンの第一回廊のレリーフに残されている程、大きな戦いで、 中国の支援を受けたクメール族が勝利を収め、チャンパ王国は衰退に追い込まれます。

その後各地に離散したチャンパ王国の末裔・チャム族はベトナム南部で今もひっそりと暮らしています。
代表的な街はカンボジアの国境付近にあるチャウドック。
運河沿いにはチャム族特有の高床式家屋が軒を連ねます。

また、ベトナム南部に位置するリゾート地として人気のニャチャンにもチャム族に関する建物が存在します。
それがポーナガル塔です。

9世紀に建てられたこの塔は現存のチャンパ遺跡の中で最も古いものの一つとされています。

「ポーナガル」とは10本の腕を持つ女神です。
地元の女神「ポーナガル」として祀られています。

悲しい歴史を持ちながらもかつて国際貿易港として大いに栄えていたホイアン。
記録によるとホイアンからの最初の輸出品はなんと真水だそうです。
真水は長期に渡る航海の必需品です。
その真水の源となる井戸を掘り当てる名人だったのがチャム族です。
その中で最も有名な井戸は日本の各ガイドブックでも紹介されているバーレー井戸。

これはホイアンの中心部路地の奥へ入ったところにあり今でもこの井戸には毎朝たくさんの人々が水を汲みに訪れます。
ホイアン支店から徒歩2分。ぜひ訪れてみて下さい。

またバーレー井戸の水はホイアン三大料理、カラオウとホワイトローズ、揚げワンタンにも深く関係しています。
この3品の絶妙な旨みはこの井戸で汲まれた真水でしか生み出せないと言われています。

ベトナムの7つのうちの1つの世界遺産ミーソン遺跡ではこのチャム族の民族舞踊を見ることができます。
このようにチャム族とホイアンは切っても切れない関係になっています。