メコンデルタ「田園のプライベートアイ」 - ホーチミンと周辺の観光スポット

売れ残り作家が行く!アジア旅行記 旅を通して現地のおすすめ観光スポットや近況を
ちょっとミステリーにご紹介します
旅人・作家:山部拓人

「犯人はこの中にいます」

ツアーガイドのタムさんはそんなことを言って、悪戯っぽく笑いました。

ここはメコンデルタと呼ばれる世界最大級の三角州。視野いっぱいいっぱいにまで広がる大自然を見ていると、ひょっとしてこの地球にビルなんて無かったんじゃないか。そんな思いに毎回かられます。

メコン川の大自然

そう。僕がここへ来たのは初めてではありません。
取りあえず普段の毎日は、5時に起きて早朝シフトのレジバイトに入ります。お店の形態は、ほぼほぼコンビニ。目黒区の祐天寺という古くからある住宅街に、最近やたらと出店しているチェーン店のうちの一軒です。
店員の大部分は大学生か主婦。僕みたいな30代のおっさんは希少種です。
何でそんなやつが、ここでバイトをしているのかは別の機会に譲るとして、僕の本業についてちょっとだけお知らせをさせて下さい。


僕の本業はミステリ小説の作家です。しかし、悲しいかな。この世界中にありふれた、売れないほうの作家です。作家としての収入は雀の涙ほどなので、何をもって本業と言っているのかは自分でも分かりません。
恐らく気持ちの問題なのでしょう。気持ち、これ大切に。
さて、そんな僕の一番のストレス発散が旅です。学生時代から海外旅行が好きで、無節操に各地を旅行して回りました。

中でも、東南アジアは別格。


人の良さは言うに及ばずですが、食文化をはじめとしたカルチャー面では、親しさを通り越す事が多いです。遠い時間軸のどこかで日本とリンクしている感が強く、他国に来ている気持ちにはなれません。


いや。 いやいや、早くも前言撤回です。ここはメコンデルタ。自分の目の前に広がっているとんでもないジャングルを見たら、日本ではないとあっさり認めるしかないでしょう。

メコンデルタと聞いても、馴染みのない人にはイメージし辛いかも知れません。日本人が普通に頭に浮かべるデルタ(三角州)とは、規模がかなり違います。

日本よりも長いメコン川

まずはメコン川。

これがとんでもない。何がとんでもないって、その長さです。そもそも川なんてみんな繋がっているんだから、どれだってそこそこには長い。はい、それも一理あります。でも東南アジア最長と言われる長さは、半端じゃありません。

日本の北海道から沖縄までが約3000キロなのに対し、メコン川は約4000キロ。遠くチベット高原を源流に、東南アジアの国々を横断しながらここまで流れてきているのです。

更にその支流から広がる網の目のような水路の周りには、初めて見る日本人の目を奪うものがあります。田園風景です。これが日本のそれと似ていて、明らかに違う。
まずは空の大きさ。木々の高さ。鮮やかな水彩画色の田畑にそよぐ作物。そこを気持ちよく吹き抜けていく総天然の風。


何だか急に思い出しました。
僕の家の近くを田園都市線なる電車が走っていましたっけ。何かもう。この雄大な風景を目にした後だと、僕たち日本人のネーミングの発想が陳腐にすら感じてしまいます。

さて、
こんな別世界のメコンデルタですが、行程は意外にもカジュアル。なので、せっかくベトナムへ行くのなら、是非この東南アジアならではのジャングル感を一度味わって欲しいと思います。
まずはベトナム南部最大の都市ホーチミンを目指して下さい。たいていは申し込んだツアー会社の前か、宿泊先ホテルロビーが集合場所です。そこからバス旅にて、メコンデルタクルーズの入り口へと向かいます。

そうそう。最近のこの手のバスの車内には、無料Wi-Fiが装備されていてスマホもし放題。

女性旅行客は、ここぞとばかりにSNSに写真をアップします。男性旅行客の多くはゲームをやったり、メールチェックをしたり。
音楽好きの僕としては90年代がメインですが、新曲のダウンロードもやったりします。

ツアーガイドのタムさんが話す楽しい解説も半分に、ひと時旅先にいる事すら忘れてしまう愚行。

日本よりも長いメコン川


さて、そんな約二時間の果てに着くのがミトーです。その名をあまり耳にしない、メジャーではない町。しかし、カラカラとそよぐ棕櫚の葉。旅行者を乗せてのんびりと走る馬車。テクノロジー と日常に染まりきった服を着替えるには、絶好の町だと言えます。
旅行客達は手にしていたスマホを、胸ポケットやバッグにしまいました。 農園のようにきれいに整備された道を、先ほどの馬車に乗り進みます。川辺に着き、背丈を越えるほどに成長したシダ類の葉を手でよけて覗くと、手漕ぎのボートが現れました。

リアルジャングルクルーズ

「ジャングルクルーズ!」
他のツアーグループにいた米国人カップルの女性が口にします。
そう、日本人旅行客もこれに同じく
「これこそリアルジャングルクルーズだよ!」
と言っている声を聞いた憶えがありました。
確かに、眼前に広がる川と手漕ぎのボートは非日常的過ぎます。それが、万国共通の例えを呼んでしまうのかも知れません。


今回のツアーはグループでの参加に混ざり、個人で来ている人もパラパラと目にしました。
最近では、単独女性参加も増えているように思います。
僕と言えば、学生時代から基本的に一人旅がほぼ。寂しければ旅先の出会いがあるし、何にせよ好みの差や価値観の違いにつき合わずに済む。やはり旅は、思い通りに出来てナンボ?ではないでしょうか。

そして一人旅は、ツアーガイドの人との距離を縮めてくれるメリットもあります。
当然ながら、ここのツアーガイドをしているタムさんとも、すぐ顔見知りになりました。
僕が売れないミステリ作家だと話したら、自分はかなりのシャロキアンで推理小説が好きだから、読ませろと言ってくれた事もありましたっけ。
シャロキアン。熱狂的なシャーロック・ホームズのファンを、そう呼ぶ事があります。


タムさんは今日も得意のアメリカンジョークを織りまぜて、手漕ぎボートの行く先をご案内。
水上に浮かぶボートを家にして、ゆられている人が見えました。かなり牧歌的な眺めです。
「いいな、あんな暮らし。帰れば書類の山が待ってる僕らなんて、監獄生活だよ」
サングラスをかけたビジネスマン風の男性旅行客が、そのどこか海賊みたいで自由な生活を羨むように言いました。
一緒にいた女性旅行客がぽつりと応えます。
「毎日毎日が忙しくて。私達は一体何を間違えてしまったのかしらね」
ツアーガイドのタムさんは悪戯っぽく笑うと、旅行客達の胸ポケットやバッグを指差しました。


「犯人はこの中にいます」


ヤマベ

この記事のライター;山部拓人(ヤマベ タクト)

教育系の出版社勤めから脱サラし、売れないミステリ作家の日常へ突入。 目黒区祐天寺のアルバイトで露命をつなぐ。ミステリ好きの素養がレジ打ちで鍛えられ、プロファイリング能力として近年開花。買った物や持ち物から、人の性格や行動を推し量れるまでになってしまう。ストレス解消は学生時代に始めた一人旅。三軒茶屋在住のバツ2。

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