【10分でわかる】ベトナム・ダナンの歴史と変遷をご紹介します!ベトナム屈指のビーチリゾートの激動の歴史とは。

日本人のみならず世界中から人気にビーチリゾート地のダナン。今もなおリゾート開発が進んで、海沿いには高級ホテルが建ち並んでいます。

ダナンを訪れると人々の笑顔が印象的で幸せな雰囲気を感じますが、過去には悲しい過去も。ダナンの歴史はまさに激動ともいえます。この記事ではダナンの歴史をわかりやすく説明していきます。歴史を知ることで、ダナンより深く知ってもらえるとうれしいです。

ダナンの歴史は複雑で幾度も占領の被害に

ダナンはもともと荒れた小さな漁村でした。今では想像も付かないですよね。貿易港としても有名なダナンは、良くも悪くもその立地条件を利用された都市でもあります。どのように変化していったのか、現在のようなビーチリゾートに発展するまでの歴史をさぐってみましょう。

貿易港として徐々に発展したダナン

小さな漁村から港へと発展したダナン。ダナンは輸送物資の中継地として利用されていました。そのため大型船も入港できたんです。

16世紀、ホイアンが貿易の拠点として栄えていました。やがてその拠点はダナンへと変わっていきます。それは当時のミン・マン王が貿易はダナン以外ですることに禁止命令を出したからです。そこからダナンの貿易は一気に加速していき、造船をはじめさまざまな産業が繁栄しました。

フランス統治時代にはトゥーラン市に改名

貿易港となったダナンですが、19世紀にはフランスに占領されてしまいました。ベトナムを始めとする近隣の東南アジアを含め統治したフランス。ダナンはクアンナム県に属していましたが、フランスからの命令で分離しトゥーラン市として改名されます。

ベトナム全土がフランスに占領されましたが、ダナンは重要な貿易拠点としてなお発展していきました。ヨーロッパをモデルとした産業が次々に生まれます。その反面、労働収容所が設立され拷問にあった人も多くいました。発展と同時に悲しい過去の始まりです。

ベトナム戦争ではアメリカ軍の陸上拠点に

太平洋戦争が終わり平和が戻ると思ったベトナムですが、再度フランスがダナンに侵略してきました。その後、フランスと交代するかのようにアメリカが介入してきます。やがてベトナム戦争へと発展。このときアメリカ海兵隊が上陸した地がダナンです。南ベトナム軍と手を組んでいたアメリカ軍は、ダナンに軍事施設を建設しました。現在のダナン国際空港は、当時アメリカ空軍基地として使われています。

ベトナム戦争の勢いが増していくと、ダナン市民にも大きな影響が出てきて、難民キャンプへ避難しました。それにより、ダナンはスラム街へと化していきます。犯罪も増え、貿易で栄えた産業も機能しなくなりました。ベトナム戦争が終結し、1996年、ベトナムの国会でダナン市が誕生。そして中央政府直轄市として可決されました。

2000年初頭にダナンのリゾート開発が始まる

ダナン市として誕生して約10年後には、リゾート開発が始まります。約40㎞にも続くミーケビーチは、白い砂浜と美しい海で、リゾート地としては最高の場所。

外資系ホテルも多く参入し、ベトナムであることを忘れるぐらいの光景になりました。現在も開発は進んでおり、著名人も建設途中のホテルを購入するほど海外から注目される場所です。

街中にある空港からは、ビーチへのアクセスも簡単。さらに世界遺産であるホイアンへも車で40分と好立地とあって、これからも人気のビーチリゾートとして発展していくでしょう。

ダナンの歴史を知るならダナン博物館がおすすめ

2011年にオープンしたダナン博物館。ガラス張りの近代的な建物がひときわ目を引きます。港町として栄えたダナンの当時の様子から、民族衣装や楽器、置物など中部の文化を展示品でわかりやすくまとめています。

またフランス統治時代とベトナム戦争で大きな被害のあったダナンでは、その頃使われていた機関銃や大砲、拷問用具なども展示。ダナンにも労働収容所があり、実際に使用されたギロチンも残されています。

色鮮やかな展示品から悲劇を物語るものまで幅広く紹介されており、ダナンでも注目されているスポットです。

ダナン博物館
住所 24 Đường Trần Phú, Thạch Thang, Hải Châu, Đà Nẵng
営業時間 8:00~17:00
入場料 20,000ドン

激動の歴史を生き抜いたダナンは人気のビーチリゾート地に!

今もなお発展しつづけるダナン。美しいビーチリゾートの陰には、悲しい過去もありました。経済に観光に著しく伸びているダナンをこれからも注目していきたいですね。

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