パフュームパゴダ「索道上のノベリスト」 - ハノイと周辺の観光スポット

売れ残り作家が行く!アジア旅行記 旅を通して現地のおすすめ観光スポットや近況を
ちょっとミステリーにご紹介します
旅人・作家:山部拓人

「犯人は一つだけ置き土産を残していきました」

そう言って彼は指をさしました。

ベトナム北部のパフュームパゴダ

パフューム・パゴダ。この名を耳にした事のある人は、まだまだ少ないかと思います。
別名をフォン寺、または香寺。ハノイの中心部から、南へ約90kmのところに位置します。
ただ、お寺と名は付きますが少々勝手が違います。僕達が普通に香寺と聞くと、単体のお寺をイメージしてしまいがちですが、ここでは10箇所以上のお寺を擁する山の一帯を指しているのです。

霊山であるこの山には、信仰の強い地元のベトナム人が訪れます。旧正月の「テト」ともなれば多くの参拝客でごった返す、ベトナム仏教のメッカともうたわれる場所なのだそうです。特に人で溢れかえるのは、新年の挨拶にあたる旧暦1月6日~3月15日の間。一帯の山の麓には複数のお寺が建てられていて、それらを何日間かかけて参拝していきます。

ベトナム北部のパフュームパゴダのお堂

ちょっと地味めな観光スポットではありますが、興味を持ってもらえたなら、まずはハノイからのツアーを探しましょう。
宿泊しているホテルまで車が迎えに来てくれるので、これで一路パフューム・パゴダへ。休憩等を挟んで、船着き場へは2時間前後で到着します。

言葉を失うほどの…

周囲には田園風景が広がっていて、何とものどかな雰囲気。 ここから先は、陸路の選択肢がありません。イェン川を小舟でパフューム・パゴダへと向かいます。
船頭さんを含め、8人程度で船に乗船。かなり低い喫水線に、驚く人もいるでしょう。救命具もどうやら見当たりません。ここは無用に船体バランスを乱さないよう、じっと座って動かないようにするのが得策らしいです。
川の流れはいたって静か。ゆっくりと、手漕ぎボートが滑り出します。初めてここへ来た時の僕は、やたらに近い川面ばかりを気にしていました。

ベトナム北部のパフュームパゴダに行く途中の川下り

しかしふと、目線を上げた時に息を飲む事になるのです。水面すれすれから見る風景は、まるで水墨画のよう。 ここを訪れる人々の多くが、よく口にする例えだと聞きます。その圧倒的なまでに優しく豊かで牧歌的な眺めは、人を黙らせるのに充分だと思います。

その時も、欧米からの旅行客が多く同乗していましたが、会話をする人はいません。
間にこだまする、船を漕ぐカシャーという音。
静寂が流れます。包み込む大自然を、身体全体で楽しんでいるみたいな時間でした。

代償と破られた沈黙

さていい事ばかり書きましたが、リアルな旅がもちろんそれだけですむはずはありません。小舟の座席は、たいていが剥き出しの板。1時間半もこれに座っているのは、至難の技と言えるでしょう。
備えとして、携帯用のクッション等を持って行くのがお奨めです。

ベトナム北部のパフュームパゴダへ向かい途中に見た女性

それにしても、ここの船を漕ぐのは基本的に女性。結構な重労働ではないでしょうか。年配の船頭さんへ当たった日には、何だか恐縮してしまいます。

船を降りると、先程まで一言も喋らなかった欧米人の旅行客達が、堰を切ったように喋り出しました。
必要でなければ、平気で沈黙をしている僕達日本人とは、どこか違います。

その中の1人の男性が、マシンガントークで話しかけてきました。僕と同じ、個人でのツアー参加のようです。 イギリスから来たそうですが、アジアへの興味が強いとか。日本のお寺にも、あちこち行ったと話していました。

船上で静まりかえってしまった事が、不思議な体験だったのでしょうか。自分達を黙らせてしまったものの正体が、分かるかと聞いてきました。 そうは言われても、上手く応える事も言葉も浮かびません。僕は曖昧な顔をして手を広げるジェスチャー。とりあえず一緒に、緩やかな坂道を登って行く事にしました。

腹が減ってはなんとやら

しばらく歩くと、食堂や土産物店が見えて来ます。おそらくここが参道なのでしょう。なかなかいい雰囲気で、これはこれで日本の大きな寺院にも通じるものがあると思いました。

ベトナム北部のパフュームパゴダへと向かう途中の参道

パフューム・パゴダは山の上にあります。とりあえずそのツアーでは、上へ向かう前にレストランと表現された所で昼食になりました。
広いスペースに、たくさん並んだ長テーブル。レストランというよりは、食堂という感じの場所です。料理は野菜炒めや川魚の煮付けなど。同じツアーの人達とシェアする形で取り分けて、わいわいとやりました。
好みで別れるでしょうが、僕には悪くない味。イギリス人男性も、舌に合ったのか完食しています。

と、ここで個人的なサプライズ
彼のイギリスでの職業が、歴史小説の作家だと判明。題材のメインは中世の欧州でありながら、プライベートでは先述の通り、アジアに惚れ込んでいるそう。

僕は何となく小声に(笑)。自分はミステリの作家ですが、全く売れていないのですとお伝えしました。
すると、さすがは英国紳士の優しさでしょうか。僕に合わせて、英国人作家アーサー・コナン・ドイルの話題を、食後のひと時にふってくれました。

いざ、パフュームパゴダへ

さて、腹ごしらえが済んだら登山開始。ロープウェイが完備されていますが、僕達は歩いてみる事にしました。

パフューム・パゴダのメインともいえるのが、洞窟寺院です。そこへ山登りをしながら向かいます。山登りとはいっても初心者向け。登山経験のない方でも、簡単に登る事が出来る程度の道だと思います。
山道の途中にはお土産屋さんも並んでいるので、飽きずに登れます。お天気にもよりますが、マイナスイオンを浴びながらのお気軽な道のり。

ベトナム北部のパフュームパゴダにある洞窟寺院の入口

1時間ほど歩けば、そこには待ちに待った洞窟寺院の姿が現れます。
洞窟の入口は直径50mくらいあり、写真に収めるのが難しいほど。中に入ると、いきなりお線香の香りの洗礼です。これが、いかにもと言いたいくらいに、寺院らしい。仏教やらお寺やらの文化に慣れ親しんだ、僕達日本人にとっても神秘的な雰囲気を醸し出していました。

聖なる山の歴史と文化

英国人作家の彼は、声こそ抑えていますがテンション上がりまくり。洞窟の中は、ロウソクの灯りと線香の煙の相乗効果で、聖域感が半端ないです。
洞窟自体に、それほど奥行きはありません。最奥には、きらびやかな祭壇が作られていて、参拝者が大勢座っていました。
みんな熱心に読経を続けているので、写真撮影にはためらいを覚えてしまうほどです。

ベトナム北部のパフュームパゴダにある洞窟寺院に参拝する人たち

ベトナムは歴史的に、直接・間接支配も含め、中国の多大な影響を受けてきました。
その事によりこの国の仏教は、日本や朝鮮半島と同じく基本的には大乗仏教・中国仏教にあたります。
ただし、日本のように宗派には分かれていません。混然とした形態をとり、宋代以降の中国仏教と同じく禅宗と浄土教色が濃いと聞きます。

そのような中にあって、ここはベトナム人が持つ、先祖や家族を大切にする精神を象徴している寺院と言えるでしょう。

洞窟の一番奥には参内があり、触ると子宝に恵まれ金運がアップするといわれる鍾乳石もありました。これは日本人も大好きな、パワースポットの代表格となりそうな予感です。

絶景に見えた犯人

ベトナム北部のパフュームパゴダにあるロープウェイ

英国人作家の彼は、ここへ着いた頃から何だかお尻の辺りを摩っています。歩くのが辛くなってきたと言うので、帰りはロープウェイにしました。
しかし、これが予想外になかなか。目線が変わるとは正にこの事かも知れません。徒歩で山道を歩くのとは、また違う眺めがありました。
東南アジア特有の、濃い緑だけで構成された大自然のパノラマが、窓いっぱいに広がります。

「分かりましたよ。先ほど船上でみなさんの言葉を奪ってしまった犯人が」
僕は少しふざけて言いました。
彼が昼食の時に話題にしてくれた、コナン・ドイルの作品にかけたつもりでした。

「なるほど。人を黙らせるミステリアスな力がありますね。ここの大自然には」
彼も納得したみたいに、窓の外に目をやります。

ベトナム北部のパフュームパゴダ

世界的にも希少な絶滅危惧種が、この森には生息していると聞いた事があります。
神秘的な大自然。そして、様々な宗教が入り混じっている国、ベトナム。
そのベトナム人の約80%が仏教徒なのだそうです。ここパフューム・パゴダは、彼ら仏教徒の心を身を持って感じることができる場所だと思いました。
観光地化こそ進んではいませんが、ローカル感は満載。ベトナムの人達にとって居心地の良い、心の拠り所となっているに違いありません。

遠く麓が見えて来ます。約10分の空の旅は、終着に近づいていました。
彼が不自由そうに立ち上がります。小声で照れ臭さそうに教えてくれたのですが、お尻が船旅で腫れてしまっていたようです。

「犯人は一つだけ置き土産を残していきました」
そう言って彼はお尻を指さしました。

ヤマベ

この記事のライター;山部拓人(ヤマベ タクト)

教育系の出版社勤めから脱サラし、売れないミステリ作家の日常へ突入。 目黒区祐天寺のアルバイトで露命をつなぐ。ミステリ好きの素養がレジ打ちで鍛えられ、プロファイリング能力として近年開花。買った物や持ち物から、人の性格や行動を推し量れるまでになってしまう。ストレス解消は学生時代に始めた一人旅。三軒茶屋在住のバツ2。

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