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シェムリアップ近郊の遺跡群(市内中心部より車で45分程度)

タ・プロムTa Prohm

タ・プロム Ta Prohm

アンコール(クメール)王朝の国王ジャヤヴァルマン7世により建立された仏教寺院です。

ロリュオス遺跡群Roluos temples

ロリュオス遺跡群 Roluos temples・Lolei・Preah Ko・Bakong

ロリュオス遺跡群は、ロレイ、プリア・コー、バコンの3つの遺跡からなります。

プリヤ・カーンPreah Khan

プリヤ・カーン Preah Khan

ダーラニンドラヴァルマン2世王の菩提寺として建設されたのがプリヤ・カーンです。

バンテアイ・サムレBanteay Samre

バンテアイ・サムレ Banteay Samre

バンテアイ・サムレとは「サムレ(ソムラエ)族の砦」という意味です。

ニャック・ポアンNeak Pean

ニャック・ポアン Neak Pean

「北バライ(ジャヤタターカ)」と呼ばれる貯水池(バライ)の中に作られた仏教寺院です。

バンテアイ・クデイBanteay Kdei

バンテアイ・クデイ Banteay Kdei

「バンテアイ」は砦、「クデイ」は僧房、「僧房の砦」という意味の名前を持ちます。

タ・ソムTa Som

タ・ソム Ta Som

ダーラニンドラヴァルマン2世に捧げるために12世紀末に建てられました。

プノン・バケン寺院Phnom Bakheng

プノン・バケン寺院 Phnom Bakheng

アンコールに遷都を行ったヤショーヴァルマン1世によって建設されました。

プノン・クロムPhnom Krom

プノン・クロム Phnom Krom

プノン・クロムは、実際には大きな山ではなく高さ140メートルほどの丘です。

プレ・ループPre Rup

プレ・ループ Pre Rup

アンコール・ワットができる150年ほど前の壮大なピラミッド式寺院で、火葬場の役割も果たしていました。

スラ・スランSrah Srang

スラ・スラン Srah Srang

ジャヤヴァルマン7世が作った王のための沐浴池です。一見すると大きな湖のよう。

トマノンThommanon

トマノン Thommanon

アンコール・トム東方「勝利の門」よりさらに東側に建つ小規模寺院です。

西バライWest Baray

スピアン・プラプトス Spean Praptos

これはクメール王朝の時代に人工的に造られた貯水池で「バライ」と呼ばれています。

ワット・アトヴィアWat Athvea

ワット・アトヴィア

アンコール・ワットを創建したスーリヤヴァルマン2世が造った寺院です。

チャウサイテヴォーダChau Say Tevoda

チャウ・サイ・テヴォーダ Chau Say Tevoda

スーリヤヴァルマン2世によって「トマノン」と対になるように建てられました。

バクセイ・チャムクロンBaksei Chamkrong

バクセイ・チャムクロン Baksei Chamkrong

ピラミッド寺院建築において、今までの建築様式とは違う変化が見られます。。

タ・ケウTa Kev

タ・ケウ Ta Kev

タ・ケウとは「クリスタルの古老」という意味です。その名のとおり、結晶のように積み上がった石材が要塞のようです。

タ・ネイTa Nei

タ・ネイ Ta Nei

アンコール・トムの北東に位置する、仏教寺院です。12世紀末、アンコールを統治したジャヤーヴァルマン7世が築きました。

東バライEast Baray

東バライ East Baray

西暦900年前後にヤショヴァルマン1世により造られたので「ヤショダラタターカ」とも呼ばれます。

東メボンEast Mebon

東メボン East Mebon

西暦900年前後にヤショヴァルマン1世により造られたので「ヤショダラタターカ」とも呼ばれます。

プラサット・クラヴァンPrasat Kravan

プラサット・クラヴァン Prasat Kravan

「クラヴァン」とは香りの良い花の名前という意味です。つまりプラサット・クラヴァンとは「香りの良い花の名前の寺院」ということになります。

クオル・コーKrol Ko

クオル・コー Krol Ko

「雄牛の小屋」という意味を持つクオル・コーは、周囲の樹々に埋もれるようにひっそりと建っています。

西メボンWest Mebon

西メボン West Mebon

「西バライ」の中には小さな島があり、そこに西メボン寺院の遺跡があります。

アック・ヨムAk Yum

アック・ヨム Ak Yum

アンコール王朝が始まる前の、7世紀頃に建築されたと推測されるヒンドゥー教の寺院遺跡です。

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シェムリアップから少し離れた遺跡(市内中心部より車で約2時間以内)

バンテアイ・スレイBanteay Srei

バンテアイ・スレイ Banteay Srei

アンコール遺跡群の中でも、群を抜いて美しく精巧な壁画が残るバンテアイ・スレイは「クメール美術の至宝」と呼ばれています。

プノン・クーレンPhnom Kulen

プノン・クーレン Phnom Kulen

アンコール発祥の地と言われるプノン・クーレンは、アンコール・ワットから約30キロの場所にある山岳地帯の総称です。

クバール・スピアンkbal Spean

クバール・スピアン kbal Spean

シェムリアップ川を源流とするストゥン・クバール・スピアン川の水中や川岸の水中遺跡です。

ベン・メリアBeng Mealea

ベン・メリア Beng Mealea

シェムリアップ郊外の森の中に建つベン・メリアは、「天空の城ラピュタ」のモデルの一つと言われています。

スピアン・プラプトスSpean Praptos

スピアン・プラプトス Spean Praptos

シェムリアップ郊外の森の中に建つベン・メリアは、「天空の城ラピュタ」のモデルの一つと言われています。

コー・ケーKoh Ker

コー・ケー Koh Ker

ジャヤーヴァルマン4世が王位につき遷都された後、わずか928年~944年まで都であった遺跡です。

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シェムリアップから離れた遺跡(市内中心部より車で2時間以上)

サンボープレイクックPrasat Sambor

サンボー・プレイ・クック Prasat Sambor

アンコール・ワットより500年前も前に造られていた王都の遺跡があります。

プレア・ヴィヒアPreah Vihear

プレア・ヴィヒア Preah Vihear

プレア・ヴィヒアはタイとの国境に面する仏教寺院です。

バンテアイチュマールBanteay Chhmar

バンテアイチュマール Banteay Chhmar

ジャヤーヴァルマン7世が創建した寺院です。

目 次 目 次

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アンコールワット遺跡群大特集 アンコールワット遺跡群大特集
東バライ 東バライ

東バライ遺跡とは

About East Baray Remains

バライとはアンコール王朝の人工貯水池の名前です。 アンコール・トムを挟むように東に東バライ、西に西バライがあり、それぞれ同じ長方形の形をしています。東西に約8km、南北2kmの大きさです。

シェムリアップ川を水源とし、周辺田畑に水を供給したり、乾期に備えたりする役割がありました。西暦900年前後にヤショヴァルマン1世により造られたので「ヤショダラタターカ」とも呼ばれます。

かつては船を浮かべるほどの大池でしたが、現在は水が干上がっています。中央に東メボン寺院、周囲にはタ・プローム遺跡やプレループなど、見所が多いので観光スポットの拠点にピッタリです。 1992年に他のアンコール遺跡とともに、世界遺産に登録されました。

東バライ遺跡の歴史と見所

東バライ

西暦900年前後にヤショヴァルマン1世により造られました。現在の位置関係で見ると、アンコール・トムを挟むように東と西にバライが配置されており関連があるように思えますが、これらは同時期に造られたものではありません。
巨大な城塞都市アンコール・トムを整備したのはジャヤーヴァルマン7世ですが、この地に最初に王宮寺院を建造したのはスーリヤヴァルマン1世です。東バライ建造後、およそ100年を経た1,010年~1,050年の間のことでした。

同時に造られたのが西バライです。 最初にあった東バライを基点として、アンコール・トムと西バライが設計されたのでしょう。 ヤショヴァルマン1世と言えば、ロリュオス(ハリハラーラヤ)からアンコール(ヤショダラプラ)へ遷都した王です。

父王のインドラヴァルマン1世はハリハラーラヤにインドラタターカと呼ばれる貯水池を建設しており、治水と感慨技術に優れた王として治世しました。 その技術を学び、活かす方法を継承し、水の大切さを知っていたのでしょう。 ヤショヴァルマン1世は遷都したアンコールにも大きな貯水池を自らの手で建造しました。この貯水池は周辺の田畑へ水の安定供給をはかったものと推測されています。

  • 東バライ
  • 東バライ
  • 東バライ
  • 東バライ
  • 東バライ

このバライの規模と土地の特性を考えると、貯水池として用いたと考えるのが自然ですが、バライの四つの角から見つかった石碑の碑文には灌漑設備として使用したとする記述は一切ありません。 建造目的はなんだったのでしょうか? いくつかの説がありますが、ヒンドゥー教の宇宙観における須弥山(世界の中心にそびえる山)を囲む海を模した聖地だったのではないか、という説があります。

聖なる山プノン・バケンを囲む海として、計画されたのでしょう。 現在は水がありませんが、中央に残る東メボン寺院の入口には船着場があることから、当時は船を使って寺院へ出入りしていたことが分かります。

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東バライ遺跡の歴史

西暦 王名 遺跡名
889年

910年
ヤショヴァルマン1世
Yasovarman I

建築物:ロレイ、プノン・バケン、東バライ、プラサット・バイ,プノン・クロムなど
父王であるインドラヴァルマン1世の造った貯水池インドラタターカの中央にロレイ寺院を建立。ロリュオス(ハリハラーラヤ)で即位しました。
兄弟での王位争いで王宮が損壊したため、アンコール(ヤショダラプラ)へ遷都します。 中央寺院をプノン・バケン山の頂上に建造し、東バライを造りました。父親譲りの優れた治水技術を持ち、不要な争いを避け、民を平定した名君です。

王都ヤショダラプラはプノン・バケン山から、アンコール・トム南部、東バライまでを含みました。
その後、コ・ケーへ王都は遷ります。再び、アンコールへ王都を戻したのは944年に即位したラージェンドラヴァルマン2世王でした。
ラージェンドラヴァルマン2世は戻ってきたことを記録に残すかのように、東バライの中央に東メボン寺院を建立。バライの南にプレループを建てたのです。 東バライはその後も1100年代後半まで機能し続けました。

東バライ遺跡の見学ワンポイントアドバイス

東バライの水は現在干上がっているため、中央の東メボン寺院がメインとなります。 東メボン寺院には船着場があることから、当時は船で出入りしていたようです。たっぷりの水をたたえた大池の中心にある美しい寺院の神秘的な光景を想像してください。

東バライの周囲には、ぜひ見ておきたい遺跡があります。 特にタ・プローム遺跡は有名ですね。他、火葬場を備えた寺院であるプレループも必見です。

東バライ遺跡

バライを守るナーガ

東バライ遺跡

大池の中心には寺院が見える

沐浴池であるスラ・スランは、ラージェンドラヴァルマン2世が最初の建造者ですが、後世にチャンパ軍に占領されたアンコールを取り戻した王ジャヤーヴァルマン7世によって整備しなおされました。

アンコールを取り戻す度、当時の王は水にまつわる施設を建造したり、手を加えたりしたのです。
この地帯での水の貴重さが、史実から理解できます。
東バライの建造目的に関しては当初の灌漑用水池という使用目的以外に、聖地の象徴とする見方もあります。 正確な長方形の貯水池が造られた目的、方法を探す旅も良いですね。

なお、2018年3月の日本考古学チームの調査で東バライの西面はタ・ネイ寺院の参道とつながっており、貯水池の土手上から十字形テラスのようなものが発見されています。 その上には木造の建築物があった痕跡があり、さらなる調査が楽しみなところです。

東バライ遺跡の場所(Google MAP)

アンコール・トムの東に位置します。シェムリアップ国際空港からは、車で20分ほど。
周辺の遺跡を巡るルートで考えると、アンコール・トムやアンコール・ワットなどの大規模遺跡とは別日に設定した方が良いでしょう。

東メボンを中心とした東バライ敷地内には市場やレストランがあります。拠点として利用しながら、お土産を探すのもおすすめ。

オススメのアンコール遺跡のご紹介

タ・プロムTa Prohm

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アンコール(クメール)王朝の国王ジャヤヴァルマン7世により建立された仏教寺院です。

ロリュオス遺跡群Roluos temples

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ロリュオス遺跡群は、ロレイ、プリア・コー、バコンの3つの遺跡からなります。

プリヤ・カーンPreah Khan

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ダーラニンドラヴァルマン2世王の菩提寺として建設されたのがプリヤ・カーンです。

ニャック・ポアンNeak Pean

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「北バライ(ジャヤタターカ)」と呼ばれる貯水池(バライ)の中に作られた仏教寺院です

バンテアイ・クデイBanteay Kdei

バンテアイ・クデイ Banteay Kdei

「バンテアイ」は砦、「クデイ」は僧房、「僧房の砦」という意味の名前を持ちます。

タ・ソムTa Som

タ・ソム Ta Som

ダーラニンドラヴァルマン2世に捧げるために12世紀末に建てられました。